フィクションのリアリティは現実と同一ということではない
「もっともらしさ」が不足していないか なのでは
もっともらしい とは
そのもの(こと)がそうである、のを納得し易い状態であること=納得に足る情報が提示されていること
この場合「情報」は物語(作品)内で起きた事実現象だけに留まらず、フィクションとしての構成や作品としての存在意義など、メタ的な部分も重要である
現実は奇なり が認められない理由というか、現実の奇なる偶然もよくよく調べれば一応経緯はあるわけで(それでも納得は出来ないこともあるが)
作者の思想でも登場人物の動機でも物語での必要性でも、何にしろ経緯と行先が求められるのではないかと思う
単純にいうと
「なんでそうなったん?」に対して答えが少しも見付けられないと「なんでこれ読(見)んだんだろ……」になるよな~と思うし
そして「なんで読んだんだろ……」が観賞体験として成功!のことってほぼ無いよね、という