タイタニック号のwikipediaは人間の迂闊さをよく表している資料だ、と思っている件に触れた話を読み返していたのだけど
「こんなん大事故待ったなしじゃん……」の問題点が無数に重なっているのを役満かよ、と思えるのは、自分が後の時代で俯瞰して事件を見ているからであって、当時その場に居た一人一人は俯瞰(沢山問題が発生していると認識)出来ないのだし問題を深刻に捉えることは不可能だったのではないか? という点について
正常性バイアスがあるのは普通で必要なことでもあるのでね…… と思うとそれで終わってしまうんだけど
あえて分解して考えると、例えば「救命艇の数が不十分である」事実に気付き「もし事故が起きたら船に乗り切れない人が出てしまう……」と深刻に思えた人が居たとしても、その他の部分は十全、あるいは事故が起きない程度にはしっかりと準備が為されている筈だ、という「大丈夫だろう」の心理からくる見積もりだけで考えを終わらせてしまうんだろうな…… と思い……
自分は「安全安全安全安全」って感じで最悪の見積もりは可能なだけしておくべきと思っているので「そんなぁ……」とつい思ってしまうけど、しかし夏休みの宿題が終わらん……かも? の時に同じような思考には陥っていたので多少は気持ちがわかる部分もあり
途中まで悪くないからもうちょっと進んで! こう……(ろくろ)という気持ちです。ということがこの件以外でも間々ある 惜しいんだよな……
長期的な見積もりって意外と限られた人間以外には難しいのか? とか 最悪やマイナスの想定ってメンタル強くないと出来んのかな…… とか 考えるけども
そういうのを解決するのが教養であり教育なんじゃないですか と思っているので多少は何とかなっていると信じているし、何とかなっていって欲しい
ところで 絵を上手くなるには の話し始めてタイタニック号のwikipedia読めって言い出す人間ヤバいのでは?